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SEIANOTE

成安で何が学べる?
どんな楽しいことがある?
在学生の制作活動から卒業後の活動までを綴る
「SEIANOTE(セイアンノート)」です

ABOUT

共感してもらえるような形で広がっていく仕事がしたい

INTERVIEW

卒業から5年目

共感してもらえるような形で
広がっていく仕事がしたい

 成安造形大学でグラフィックデザインをイチから学んだ今川さん。卒業制作では、大津市の在宅医療サポートチーム「チーム大津京」との出会いを機に、自分らしい最期を迎えるために、医療やケアに対する自分の意思を家族や医療チームと話し合う大切さを伝える絵本を制作しました。
 そして、卒業制作から5年の歳月を経て、今川さんの絵本は『サイ五郎さんちの人生会議』というタイトルで2023年6月に出版されたのです! どのような経緯で出版に至ったのか、大学生活を振り返ってもらいながら今川さんに話を聞きました。

今川ゆみさん

デザイナー

1995年、滋賀県生まれ。2018年成安造形大学メディアデザイン領域(現:情報デザイン領域)グラフィックデザインコース卒業。大学でデザインを活かした課題解決やアプローチに関心を持ち、卒業制作で初めて絵本を制作。地域デザインに関われる仕事がしたいという思いから、京都のホームページ制作会社でWebデザイナーとして活躍。絵本の出版を機に、現在はイラストも描けるデザイナーとして新たな一歩を踏み出している。



成安でビジュアル制作だけじゃない
デザインの定義の広さを実感

Q.01

今川さんはもともと美術が好きだったんですか?

 小さい頃から絵を描くのが好きで、描いた絵を親や保育園の先生に見せると褒めてもらえるのがうれしかったのを覚えています。中学校では美術部に入部し、はじめて先生から指導を受けて、絵を描くことがますます好きになりました。高校は芸術系の高校に進学。ファインアートを学び、中でも油絵が好きで高校3年間は絵を描くことに没頭していました。


Q.02

成安で洋画ではなくグラフィックデザインを選択したのはどうしてですか?

 絵を描くことは自分自身と向き合いながら自分の内側を表現することなので、だんだんその作業が苦しいと感じるようになっていました。高校でそれを経験したので、これからは社会とつながりながら何かをつくりたい、自分が外に向けてコミュニケーションを取れるものがいいという考え方に変わり、デザイン学科がある大学に進路を変更。画塾の先生に成安を教えていただき、琵琶湖が見えるキャンパスのおだやかな空気感が自分の感覚に合うのを感じて成安を選びました。


Q.03

デザインをイチから学ぶことは楽しかったですか?

 グラフィックデザインに必要なIllustratorやPhotoshopなどのDTPツールが全く使えない状態で入学したので、最初はパソコンでの制作に苦労しました。扱う道具が筆からキーボードとマウスに変わり、課題をこなすために必死で制作していると、絵を描いてきたことはデザインをする上でビジュアル制作に活きているのを感じました。入学当初はビジュアルをつくることがデザインだと思っていましたが、サービスデザイン※1 の授業でデザインの定義の広さを実感し、ますますデザインをするのが楽しくなりました。


社会の困り事に対して
よりよくできるものをつくりたい

Q.04

大学時代を振り返ると、どんな学生でしたか。

 大学生のうちにいろんなことをやりたいと思って、自分のアンテナに触れたところへ積極的に足を踏み入れていきました。京都のアパレル会社のインターンシップに行ったり、サービスデザイン系の勉強会に参加したり、福祉施設でアルバイトをしたり。自分にとって新たな社会とつながれる経験は、デザインを必要としてくれる人を知る機会にもなりました。
 大学の教授で、グラフィックデザインがご専門の大草真弓先生は、医療系のプロジェクトを数多く手がけられていて、リハビリロボットのUI※2 やお薬手帳のデザインを提案するプロジェクトに参加させてもらいました。大草先生から受けた影響はとても大きかったです。


Q.05

卒業制作で絵本をつくるきっかけになった「チーム大津京」とはどこで出会ったのですか?

  卒業制作のテーマがなかなか決められなかったのですが、社会の困り事をよりよくできるものをつくりたいという思いだけはありました。そんな時に、大草先生から「チーム大津京」さんをご紹介いただき、リビング・ウィル※3(生前の意思表明)について教えていただいて。「チーム大津京」さんでは、リビング・ウィルの認知を広めるために、わかりやすく劇にして動画を作成されていましたが、まだまだ認知されていない現状を知り、これを卒業制作のテーマにしようと決めました。


Q.06

絵本にしようと思ったのはどうしてですか?

 「チーム大津京」さんからいただいたリビング・ウィルの資料が文字だらけで、それを読んで理解するハードルの高さを感じたんです。誰にでもやさしく伝える方法として、最初は図解した説明書みたいなものをつくろうと思っていたのですが、誰かが主人公になって読者と一緒に理解を深めていく流れのほうがわかりやすいと思い、絵本をつくることにしました。


今川さんが手がけた卒業制作。読者と一緒に、主人公のサイ五郎さん(65歳)がリヴィング・ウィルの理解を深めていくストーリーになっている。


Q.07

絵本をつくったことはあったんですか?

 絵本をつくるのは初めてだったのですが、1ヶ月で完成させたので大草先生も驚いていました(笑)。ストーリーもキャラクターデザインも絵本のデザインも全て一人で手がけたのですが、中でもイラストを描くのが大変でした。ユーモアを感じるイラストのほうが親しみをもちやすいと思ったので、どんなシーンを絵で表現するかはけっこう悩みましたね。


クラウドファンディングで
「人生会議」への興味を実感

Q.08

『サイ五郎さんちの人生会議』が出版されることになった経緯を教えてください。

 「チーム大津京」の代表をされている西山順博先生が卒業制作展に来られたのですが、完成した絵本を読んですごくよろこんでくださって。その時に「出版できるように頑張ります」っておっしゃられて、いいご縁があったらいいなくらいに受け取っていました。ところがその後ずっと出版社を探してくださっていたみたいで! 卒業制作展以来お会いしていなかったのですが、2022年に「出版社が見つかった」と連絡をいただいた時は本当に驚きました!


Q.09

絵本出版に向けてどんな流れで進めていったんですか?

 2022年の6月と7月あたりから制作がスタートしました。日本医療企画さんという出版社さんから出せることになり、出版社のご担当者、西山先生、サポートで大草先生も入ってくださることになってとても心強かったです。当時はコロナ禍で対面ではお会いできなかったのですが、Zoomのオンラインミーティングでご挨拶をさせてもらい、修正などもオンラインミーティングでお聞きしました。大草先生、西山先生をはじめとする「チーム大津京」のみなさん、出版社のご担当者がいろんな意見をくださって方向性が定まっていき、2023年3月にはほぼ完成して印刷ができる状態になっていました。


人生会議で話しあうべき内容のお題が書かれた人生カード。卒業制作時は10枚だったが、絵本の出版にあたり「チーム大津京」のアドバイスをもとに56枚のボリュームに。
株式会社日本医療企画 2023年6月30日発行 @Yumi Imagawa2023.Printed in Japan


Q.10

卒業制作から変更になった点や、出版社の担当者から受けたアドバイスはどういう内容でしたか。

 たくさん修正が入ると想定していたのですが、基本は卒業制作のままで大丈夫でした。出版社側からはプロの目線で見やすくするためにフォントのサイズを調整したり、キャラクターの服装の色を統一するアドバイスをいただきました。私が大学を卒業するころはリビング・ウィルという言葉だけでしたが、今は「人生会議」※4 という言葉も一緒に普及するようになって、卒業制作では『もしものときどう生きたい』というタイトルでしたが、出版社の方と相談をしてタイトルも変更しました。卒業制作のときは絵本と人生カードのみでしたが、新たに人生会議を記録する議事録と用語集もつくりました。


Q.11

絵本出版に向けてクラウドファンディングを実施されたのはどうしてですか?

 書店での販売だけでは届けたい人に届けられないだろうという話しになり、クラウドファンディングをすることになりました。大草先生が主導で進めてくださり、はじめてみると予想を上回る反響で驚きました。
  目標は印刷費用の半分をまかなえる120万円でしたが、最終的には320万円以上を達成! こんなにも応援していただけると思っていなかったので、みなさんが「人生会議」に興味を持ってくださっているのを実感しました。卒業制作でつくった絵本が、こんなカタチで広がっていくとは想像もしていなかったです。


目標を達成したクラウドファンディング。社会課題の一つでもある人生会議の重要性を発信する機会になった。


最期の希望を伝えられる世の中になると、
生きることはもっと楽しくなる

Q.12

完成した絵本を見てご自身の自己評価は? 絵本で一番気に入っているところもお聞きしたいです。

 難しいことや分かりにくいことをよりよいコミュニケーションの形にしていくこともデザインの役割だと思っているので、多くの人に興味をもってもらえるものがつくれたかなと思います。
  気に入っているのは、出版に際して新たに追加した「リヴィング・ウィルと人生会議」の項目のイラストです。主人公のサイ五郎さん(65歳)が家族で人生会議をしているシーンがあるのですが、こんな風に65歳になったら家族で人生会議ができる社会になったらいいなと思います。



Q.13

出版してからの反響や反応はどうでしたか?

 医療施設や介護福祉施設で絵本と人生会議カードを使ってワークショップを開いてくださっているとお聞きしています。職員の方が患者さんや利用者さんと一緒に人生会議を開かれているみたいなのですが、人生カードがあるとゲーム感覚で気軽にできるのがいいとおっしゃっていただいています。
 西山先生からはサイ五郎さんで次は認知症シリーズをつくってみたいというお声をいただいているので、サイ五郎さんに愛着をもってくださっている西山先生のお気持ちが本当にうれしいです。


Q.14

「人生会議」をテーマにした絵本をつくったことで、ご自身の価値観が変わったことはありますか?

 絵本のFacebookに読んだ方がコメントを寄せてくださっているのですが、自分の考えを伝える大切さはわかったけれど、家族や子どもに相談するのが怖いとか、自分から最期のことを伝えるのは難しいとおっしゃられていて、そこが課題なのかなって。人生の最期のことを話すことは縁起が悪いとか、タブーなことだと思われる方がいるのは、どう向き合っていいかが分からないからだと思うんです。でも、絵本をつくって思うようになったのは、自分の最期の希望を伝えられる世の中になると、生きることはもっと楽しくなるはず、ということ。人生会議は楽しく生きるためのものだという価値観になりました。



Q.15

今後デザイナーとしてどういう仕事をやっていきたいですか。

 商品やサービスに対して広めることや新たなイメージをつくりあげるブランディングの仕事に関わっていきたいと思っています。一人でも多くの人に共感してもらい、行動や心に影響をあたえられる仕事がしたいので、デザイナーとしてもっと経験を積んでいきたいです。

  • ※1 サービスデザイン…顧客体験のデザインのみならず、それを継続的に提供できる組織や仕組みもデザインすることで、新たな価値を創出する方法論のこと。
  • ※2 UI…User Interface(ユーザインターフェース)の略で、ユーザーとコンピュータとが情報をやり取りする際に接する、機器やソフトウェアの操作画面や操作方法を指す。
  • ※3 リビング・ウィル…自分がどんな医療を受けたいかを、自身であらかじめ意思表明しておくこと。
  • ※4 人生会議…自分が受けたい医療や介護に加えて人生観なども含めて、家族や親しい人、医療・介護・福祉職など支える人たちと元気なうちに話しあっておくこと。